自然保護講演会「高尾山にも迫りつつあるシカ〜シカの食害について〜」報告


講演会

   日時   2019年10月29日(火)18時30分〜20時05分
   会場   立川市女性総合センター5階 第3学習室
   演題   高尾山にも迫りつつあるシカ〜シカの食害について〜
   講師   麻布大学いのちの博物館上席学芸員 高槻成紀氏
   参加者  一般 19名、支部会員 27名  計46名
   記録   文/河野悠二  写真/石塚嘉一

 今回の講演は、シカによる農林業への被害だけではなく自然植生への影響および、高尾山で今何が起きているかを考えてみることにした。講師は、生態学がご専門の高槻成紀氏にお願いした。
<シカ問題の現状>
シカは過去30年ほどで急増したが、その原因はよくわかっていない。その側面としてシカの捕獲数が1990年代後半から急増している。また、シカの影響調査では北海道から九州までの太平洋岸の広い範囲で「激」ないし「強」レベルの被害が見られるようになった。「激」とは植物はなく土砂崩れなどの防災上の問題が発生し、「強」は植物が貧弱になり多くの植物が減少し、本来の植生から変形した状態である。
野生動物による農林業への被害は、サル、イノシシ、ネズミなどでも起きているが自然植生への被害はシカだけである。
 <シカとはどういう動物か>
シカは繁殖力が強く(1歳から妊娠を始め、2歳以上はほぼ全個体が毎年妊娠する)、植生幅が広く、群れをなす、の3つが揃っているので植物に強い影響力がある。植物の多くは食べられたら減少するが、植物の中には、ハンゴンソウ、ハシリドコロ、ワラビ、ウラシマソウ、アセビなどのいやな臭いがしたり、苦い味がしたり、有毒であるなどの「化学防衛」する植物と、サンショなどのトゲで食べられなくなる「物理防衛」する植物もある。従って、シカの食害を受けた山では、これらの植物だけが残っている光景を良く見る。
<シカの影響の波及効果>
シカの食害から森林を守るために柵を設けた例では、宮城県の金華山島では柵内は森林ができたが、柵外はゴルフコースのようになってしまった。シカが増えれば植物が減少し、様々な変化が起きる。奥多摩では東京都水道局が作った柵の内外を比較した事例では、次のようなことがわかった。柵内には植物が豊富だったが、柵外にはイケマ、オオバアサガラというシカが食べない植物がわずかに生えているだけで、地表が裸出していた。地上徘徊性の昆虫を地面に埋めた紙コップで調べたところ、柵外でオサムシなどが少なかった。地表の温度と湿度を調べた結果、柵外では昼間に地表温度が50度にもなり、湿度も50%程度に乾燥したことから、オサムシなどにとって過酷な環境になったためと推察された。紀伊半島の大台ケ原や日光での事例では、シカがいる場所では草原性の鳥類が増え、森林性の鳥類が減ることが示されている。山梨県の乙女高原での調査では、柵内で虫媒花が100倍も多いことがわかった。このようにシカが植物を食べることによりさまざまな動物に間接的な影響を与えていることがわかる。同時に土壌そのものへの影響もある。奥多摩では植物がなくなったことにより雨滴が土壌を直接打ち土壌流出から大規模な土砂崩れが起きた。
なぜシカは過去30年ほどに急増したのかは、日本の里山から人がいなくなり野生動物に対する防衛力がなくなったことである。また、シカの影響で森が荒廃し、山の保水力がなくなり土壌流出したことは、今年の千葉県の大雨で被害が拡大されたことでもわかる。
<高尾山では>
東京西部でのシカの分布域拡大は、奥多摩の一部にしかいなかったシカは1992年には奥多摩町全域に広がり、2007年には檜原村を含む山地から丘陵にかけての範囲を覆うようになった。(図参照)2015年以降は丘陵地の末端に達し、高尾山にも侵入した。この情報は「高尾の森づくりの会」が撮影してきたセンサーカメラの記録とも対応する。高尾山はさまざまな意味で特別な場所である。シカ問題は農林業被害対策としてスタートし、自然植生への影響が問題視されるようになった。しかし高尾山は観光地としての意味が大きい。ここでシカ侵入が確認されたことは、今後の問題として重要である。2019年の春に「シカの影響以前」を把握する調査の結果は、現時点ではほとんど影響は認められなかったが、隣接する裏高尾では2018〜19年の冬にアオキなどに強い影響が忽然と現れた。糞調査をしたら、30%がアオキが入っていた。シカの糞調査を継続したいので、位置情報と一緒に提供してください。このことを考えると近い将来、高尾山でも同様なことが起きる可能性は十分にある。そのためにも、事実を的確に捉え、それに対していかなる対策をとるかを管理者、利用者で十分に議論し、スピード感を持って適切に対応する必要がある。現在関係各位に情報提供を準備している。
<質疑応答>
質疑応答では、@植林の管理も大事ではAダニの問題B高尾山のシカ情報のネットワーク化Cジビエ料理への活用Dオオカミの導入など多岐にわたりましたが、ここでは詳細を割愛いたします。

講演の最後に、高槻講師が地元の人達と玉川上水の緑の帯を形づくる岸辺の樹木や野草の観察結果を四季ごとに小冊子「玉川上水花マップ」にまとめたご紹介があった。