自然保護講演会「謎解き登山のススメ:地形・地質から植生を考える」報告


講演会

   日時   2018年10月30日(火)18時30分〜20時30分
   会場   立川市女性総合センター5階 第3学習室
   演題   謎解き登山のススメ「地形・地質から植生を考える」
   講師   東京学芸大学名誉教授 小泉武栄氏
   主催   自然保護委員会
   参加者  一般 7名、JAC会員 3名、支部会員 48名  計58名
   記録   文/河野悠二  写真/中村正之

 今回の講演は、自然をよく見ながらゆっくりと山に登る「知的登山」(別の言い方で「謎解き登山」)を生態学を含め提案する内容である。知的登山では、ある植物を見たらその生えている場所を観察し、さらにそこの気候や地形、地質を見て、「なぜそこにこの植物が生えているのか」を探り、こうすることによって山の自然を見る目が次第に広がり、それを繰り返すうちに、山の生い立ちから山をつくる岩石、さまざまな地形、土壌、さらにそこに生えている植物までが一連の「つながり」として理解できるようになる。このことは、自然保護の理論武装に役に立つことになる。
 謎解き事例@として、青森県八戸市東部にある「種差海岸」(昔は牧場に使用されていた)は草原の砂丘だが、大きな岩がごろごろして砂が供給されていないのに何で砂丘があるのか。不思議だと思った。砂ではなく軽石であった。915年平安時代ごろ十和田湖の噴火によって軽石が飛んできて海岸の海に落ち、波に打ち上げられて砂丘になったことが分かった。
事例Aとして、白馬岳の山頂から1キロほど北へ下りたところの西側斜面では、白く細かい岩屑が覆う部分は植物が乏しく、白い岩屑斜面の先の岩は黒く植被がよく着いている。この極端な植被の違いがなぜ生じたのか。この斜面の植被の違いは岩石の割れ方の違いに原因がある。白い岩(流紋岩)の基盤が稜線部に現れており、それを見るとひびがたくさん入っていて、現在の気候でも容易に破砕され細かい岩屑を生産していることが分かる。できた岩屑は次々に移動するために植物はコマクサやウルップソウ、タカネスミレなど、岩屑の移動に耐えられるごくわわずかの種類しか生息できない。一方、両側の黒っぽい岩石は美濃帯の砂岩や泥岩、頁岩で、氷河期に割れて粗大な岩屑を生産したが、現在は安定して植物の生育が可能になり、そこに密な風衝草原ができている。白馬岳ではこのように地質と植生の関係が明瞭に分かる。
事例B地質の多彩の例として、北岳の稜線沿いの地質は次々に変化し、そのたびに稜線上の起伏はでっぱってみたり、凹んだり、平坦になったりする。たとえば小太郎尾根から山頂へ向かうコースでは、肩の小屋まではなだらかな尾根道が続くのに、肩の小屋の背後からは急に岩のゴツゴツした険しい山稜になる。これは地質がここで大きく変化するからである。なだらかな尾根をつくるのは、泥岩や砂岩、粘板岩などであり、山頂部の険しい山稜をつくるのは石灰岩やチャート、玄武岩といった類の岩石である。また、北岳の肩の小屋上に玄武岩と石灰岩が逆転しているところがある。山頂から八本歯コル方面に下り石灰岩の鞍部にキタダケソウ群落がある。
事例Cとして、富士山は2200年前の激しい噴火で山頂の火口に通じる火道(マグマの通り道)が詰まったため、それ以降は中腹以下での側火山の噴火が中心となった。その後1300〜1000年前の時期には噴火が激化し、北西斜面の下部から山麓にかけて溶岩などの流出が相次いだ。そしてこの時期から1707年の宝永山の噴火まで、富士山ではおよそ700年にわたって顕著な活動はなかった、というのが大方の火山学者の見解である。このように噴火の年代の違いにより地質が変わる。富士スバルライン五合目近くの御庭は、景色もいいし自然も大変面白いので事例として、森林限界付近ならシラビソやオオシラビソが生えているのが普通だが、ここはなぜカラマツなのかの疑問がでてくる。富士山の場合、火山の形成の歴史が新しく、森林限界付近は新しいスコリア(溶岩のかけら)で覆われている。このために地表面はガサガサしていて隙間が多く、乾燥している。その結果、樹木は最初、種子が乾燥に強いカラマツしか生育できない。シラビソやオオシラビソの芽生えが育つためにはある程度の湿り気と養分を持った土壌が必要で、その土壌はカラマツやコメツガ、あるいはコケモモやシャクナゲ、地衣類などが先に育って葉や枝を落とし、ときには木そのものが枯れて栄養分を加えてくれることによってできる。そのためにシラビソやオオシラビソの森は、カラマツの偏形樹からなる先駆的な森から見ると長い年月が経ってから成立する。垂直分布上で見ても、富士山ではカラマツのつくる森林限界より何百メートルも低いところにシラビソやオオシラビソ林の上限がある。御庭から奥庭を見下ろすと、手前の黒い溶岩がつくる裸地にカラマツの芽生えや極端に変形した低木林が分布しており、その先にコメツガなどの森に覆われた奥庭の高まりが広がりがあり様相が異なる。このことは、御庭付近では、1200年前、700年前の2回、山腹に生じた割れ目噴火があったのだろう。御庭には、カラマツの扁形樹と上部が曲がったカラマツ、それに片側の枝が取れてしまったオオシラビソの3種の木が一緒に生えているが、カラマツは強風にさらされても枝を曲げて柔軟に対応することができるが、オオシラビソのほうはこうした柔軟さがないために枝を曲げることができず、冬の強風で枝や葉をむしり取られ、風下側だけに枝葉が残ることになる。
事例Dとして、ニュージーランドに氷河が多いのはなんでだろう。ニュージーランドは赤道をはさんで、日本とほぼ同緯度で島国であるが、なぜ日本は氷河にならないのか。ニュージーランドは夏涼しいため雪が解けない(最高15℃、最低7℃)、森林限界が非常に低い、亜寒針葉樹林帯がない(亜熱帯樹林の森である)などがその理由である。
事例Eとして、レバノン山脈が日本の山の形と異なるのはなぜだろう。レバノン山脈は標高3000メートル、緯度は南アルプスとほぼ同じ約34度だが、山頂部は脳みそみたいで、石灰岩でできているために地下にカルスト地形の鍾乳洞がつくられて、山頂部に降った雨や雪解け水は地下に入り込んでしまい地表に川ができないが、山の中腹から突然、湧水となって出て、そのまま深い谷をつくって地中海に注ぐ。ここでは立派なレバノンスギを見た。海抜1500メートルほどに、もうほんのわずかしか残っていなく、周りは荒れ地になっている。一帯はかってレバノンスギの森があったが、世界最古(6000年前)の伐採にあい、地中海性気候地と石灰岩質のため再生してくれない。

講演後に質疑応答が3件ほどがあり講演会を終了した。講演会終了後の講師を囲んだ懇親会の席で、富士山・御庭の自然観察会実施のお話があり実現に向けて取り組んでいきたい。